資料No. SA-0031
侍アーカイブ
土方歳三
Hijikata Toshizō
新選組副長
第一章 — 人物概要
| 氏名 | 土方歳三 |
|---|---|
| 英名 | Hijikata Toshizō |
| 出身 | 日本 |
| 生没年 | 1835–1869 |
| 性別 | 男性 |
| 世紀 | 19世紀 |
| 家・役職 | 幕士 |
| 肩書 | 新選組副長 |
第二章 — 経歴
1835年、武蔵国多摩郡石田村(現在の東京都日野市)の農家に生まれる。天然理心流の道場で近藤勇と兄弟子の関係を結び、1863年、浪士組として上洛したのち京都で新選組を結成、副長となった。「鬼の副長」と呼ばれ、隊規である「局中法度」を厳格に運用して組織を統率した。
池田屋事件(1864)、禁門の変、鳥羽伏見の戦い(1868)と幕末の主要な戦闘を戦い抜き、新選組壊滅後も会津・仙台と転戦、最後は榎本武揚率いる蝦夷共和国に合流した。1869年5月、五稜郭防衛戦の最中、馬上で銃弾に倒れた。武士の時代と命運を共にした最後の世代の一人として記憶される。
第三章 — 年表
第四章 — 名言
“今日の知らせは、決して悪いものでなかろう”
第五章 — 逸話
[A]鬼の副長
新選組の規律「局中法度」を厳格に運用し、隊内の脱走・私的金銭問題・士道不覚悟には切腹をもって臨んだ。冷徹な統率者として恐れられたが、組織を最後の最後まで保たせた。
第六章 — 影響と遺産
新選組副長として「武士の時代の最終章」を象徴する存在となった。剣士・組織管理者・近代戦闘指揮官の三役を生きたその姿は、明治以降の小説・映画・漫画・アニメで繰り返し描かれ、海外でも極めて高い人気を持つ幕末人物の一人。函館の五稜郭は今も土方終焉の地として広く知られる。
第七章 — 主な功績
- [01]新選組結成(1863)
- [02]局中法度の運用
- [03]池田屋事件参戦(1864)
- [04]戊辰戦争・函館戦争従軍(1868–1869)
- [05]五稜郭防衛戦(1869)
第八章 — 参考資料
原典・公的アーカイブ
- 一次資料
新撰組顛末記
永倉新八
新選組生き残り隊士・永倉新八による回顧録、隊内事情の主要な一次史料
- 学術文献
新選組
大石学 / 中公新書
近年の史料研究を踏まえた標準的な新選組史
- 公的所蔵
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第十章 — 関連レポート
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