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三度の落城——淀殿は父を、母を、戦火に奪われた
浅井長政とお市の娘・茶々は、四歳で父の小谷城を、十五歳で母の北ノ庄城を、戦火の中に失った。二度の落城で肉親を奪われた少女は、やがて三度目の落城で自らも果てる。喪失に貫かれた生涯の始まりだった。
1573年(天正元年)、近江・小谷城(現在の滋賀県長浜市)。浅井長政の居城が、伯父・織田信長の大軍に包囲されて炎上した。城主・長政は自刃し、その幼い長女・茶々(後の淀殿)は、母・お市の方(本サイト id 63)と妹たちに手を引かれて城を落ち延びた。
四歳ほどの茶々にとって、これが生涯で最初の落城だった。父の死と城の炎は、幼い記憶に深く刻まれた。
父・浅井長政の死
茶々の父・浅井長政は、信長の妹・お市を妻に迎え、信長と同盟を結んでいた。だが両家の関係は破綻し、長政は信長に敵対する。小谷城は信長に攻め落とされ、長政は自害した。
信長の姪であると同時に、信長に滅ぼされた敵将の娘。茶々は、生まれながらに引き裂かれた血を背負っていた。母・お市と三姉妹は、信長のもとに引き取られて生き延びる。
母・お市の最期
1583年(天正十一年)、越前・北ノ庄城(現在の福井県福井市)。母・お市が再嫁した柴田勝家は、賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉に敗れ、居城の北ノ庄に追い詰められた。勝家は自害を選び、お市もこれに殉じて城と運命を共にする。
茶々は妹たちと共に城を出され、母を炎の中に残して生き延びた。十五歳ほどでの、二度目の落城だった。父に続いて母までも、茶々は戦火に奪われたのである。
生き延びた者の宿命
二度の落城を生き延びた茶々を待っていたのは、皮肉な運命だった。父・長政と母・お市を死に追いやった側の頂点にいる羽柴秀吉(本サイト id 2)が、やがて茶々を側室として迎えるのである。
肉親の仇のもとで生きる。それは戦国の女性に課された、過酷な現実だった。だが茶々は、その運命の中で豊臣家の後継を産み、やがて自らが大坂城の主となる。父の城、母の城を失った少女は、三十年後、我が子と共に三度目の落城を迎えることになる。
"父の城が焼け、母の城が焼けた。わたしはいつまで、燃える城を見続けるのか。"
原典・公的アーカイブ
- 一次資料
当代記
浅井・柴田の滅亡を記す同時代の記録
- 学術文献
淀殿
福田千鶴 / ミネルヴァ書房
淀殿の前半生を史料から検討
- 公的所蔵
第十章 — 関連レポート