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石川五ェ門とルパン——五右衛門は二十世紀にどう蘇ったか
1967年、モンキー・パンチのマンガ『ルパン三世』が連載開始。登場人物『石川五ェ門』は五右衛門の子孫という設定で描かれた。二十世紀日本の大衆文化の中で、五右衛門像がどのように再構築されたかを辿る。
1967年8月、双葉社の『Weekly漫画アクション』創刊号。モンキー・パンチ(本名・加藤一彦)の新連載『ルパン三世』が始まった。フランスの怪盗ルパンの孫という設定の主人公・ルパン三世に加え、次元大介、峰不二子、銭形警部と並ぶ主要人物として『石川五ェ門』が登場する。
江戸期の大盗賊・石川五右衛門の十三代目子孫という設定である。以後半世紀以上、石川五ェ門はルパン三世シリーズを代表する日本の侍剣士キャラクターとして描かれ続けた。
五ェ門というキャラクター造形
モンキー・パンチが描く石川五ェ門は、伝統的な忍者・盗賊イメージから脱却し、侍剣士としての性格を強調した。愛刀『斬鉄剣』は文字通り鉄をも斬るという設定で、侍・忍者・剣豪の要素を融合した現代的キャラクターとして再構築された。
伝統的な五右衛門像の『盗賊』の要素は、ルパン一味という盗賊集団の一員という設定に受け継がれつつ、剣士としての側面が前面に出た。
国際的な認知
ルパン三世シリーズは1971年からアニメ化され、以後数十年にわたって新シリーズ・劇場版が制作され続けている。1970-80年代には北米・欧州・中東で放映され、Lupin III / Rupan Sansei として海外でも根強いファン層を形成した。
石川五ェ門は Goemon Ishikawa XIII として英語圏でも知られる名となった。江戸期の実在性が疑わしい大盗賊が、二十世紀後半のアニメを通じて日本を象徴する侍剣士キャラクターとして世界に届いた。
という文化継承の経路は、他に類を見ない。
文化的伝承の力学
石川五右衛門の系譜。1594年頃の京都盗賊の処刑から、江戸期の歌舞伎による物語化、明治-昭和期の講談・小説での増幅、二十世紀後半のアニメによる国際化まで。は、日本の文化的伝承の力学を象徴する事例である。
史実性の乏しい人物が、四百年以上にわたって様々なメディアで再解釈され続け、最終的に国際的なアイコンにまで成長した。五右衛門は史実の人物としてではなく、日本人が繰り返し語りたい『侍・忍者・盗賊』の複合像として、文化の中で生き続けている。
"また、つまらぬものを斬ってしまった。"
原典・公的アーカイブ
- 一次資料
『ルパン三世』
モンキー・パンチ / 『Weekly漫画アクション』1967年連載開始
石川五ェ門(五右衛門の子孫という設定)を登場人物とする長寿マンガシリーズ
- 学術文献
現代日本大衆文化の中の忍者
小池一夫 / 講談社
五右衛門像の現代的継承を検討
- 公的所蔵
第十章 — 関連レポート