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『絶景かな絶景かな』——南禅寺三門と五右衛門の名台詞
京都南禅寺三門の楼上に立つ盗賊が『絶景かな絶景かな、春の眺めは値千金』と詠嘆する場面。1778年初演の歌舞伎『楼門五三桐』の名場面は、現代でも南禅寺観光の定番説明として用いられる。
京都東山、南禅寺の三門(山門)は、日本三大山門の一つに数えられる巨大な楼門である。楼上に登ると京都盆地が一望できる。この楼上に立った盗賊・石川五右衛門が『絶景かな、絶景かな。
春の眺めは値千金とは小さな例え、この五右衛門の目からは万両万両』と詠嘆する場面。1778年初演の歌舞伎『楼門五三桐』(さんもんごさんのきり)の名場面である。
並木五瓶と『楼門五三桐』
並木五瓶(1747-1808)は江戸中期の歌舞伎狂言作者で、江戸と上方の両方で活躍した。1778年、大坂中の芝居で初演された『楼門五三桐』は、五右衛門を主人公とする時代物歌舞伎の代表作となった。
物語は五右衛門が秀吉(劇中では『真柴久吉』の名)暗殺を企て、南禅寺三門を根城とするが、久吉の巧妙な策により捕らえられ、釜茹での刑に処されるという筋書である。
史実との矛盾
『楼門五三桐』の南禅寺三門の場面には、根本的な史実の矛盾がある。現在の南禅寺三門は寛永五年(1628)に建立されたもので、五右衛門が処刑されたとされる1594年時点では、まだ建っていない。
すなわち五右衛門が南禅寺三門の楼上に立った可能性は、時系列上あり得ない。歌舞伎の作者・並木五瓶は史実性を犠牲にして劇的効果を優先した。この矛盾自体が、五右衛門像が歴史的事実ではなく文化的構築物であることを示す典型例となっている。
現代の南禅寺観光
史実の矛盾にもかかわらず、あるいはそれゆえに、南禅寺三門と五右衛門の関連付けは強固に定着している。現代の南禅寺観光では、三門の説明として『歌舞伎の五右衛門が絶景を詠嘆した場所』という紹介が定番となっている。
楼上に登った観光客が『絶景かな絶景かな』と口ずさむ光景は珍しくない。時代考証の矛盾を承知の上で、文化的物語を楽しむという日本の観光の一様式を、この場面は象徴している。
"絶景かな、絶景かな。春の眺めは値千金とは小さな例え、この五右衛門の目からは万両万両。"
原典・公的アーカイブ
- 一次資料
『楼門五三桐』
並木五瓶 / 1778年初演
五右衛門像を決定づけた歌舞伎の名作
- 学術文献
歌舞伎名作事典
藤田洋 / 演劇出版社
『楼門五三桐』の演出と歴史を検討
- 公的所蔵
第十章 — 関連レポート