資料No. SA-0028
侍アーカイブ
巴御前
Tomoe Gozen
源義仲軍の女武者
第一章 — 人物概要
| 氏名 | 巴御前 |
|---|---|
| 英名 | Tomoe Gozen |
| 出身 | 日本 |
| 生没年 | ca. 1157–? |
| 性別 | 女性 |
| 世紀 | 12世紀 |
| 家・役職 | 剣豪 |
| 肩書 | 源義仲軍の女武者 |
第二章 — 経歴
巴御前は『平家物語』に源平合戦最大の女武者として登場する。源義仲の妻あるいは妾と紹介され、「いかなる男にも劣らぬ」と評される。弓・剣・馬の名手で、義仲の隆盛と没落を通じて軍の最前列に立ったとされる。
1184年の粟津の合戦の場面が特に詳しい。義仲の軍が崩壊する中、義仲は彼女に「離れて生き延びよ」と命じた。男が女と共に死ぬのは恥だという理由である。
彼女は抗議し、それでも従った。物語に残る最後の行為は、敵陣に駆け入り、上級指揮官を討ち取って首を取り、生き残りの記録から消えるというものである。彼女が史実に存在したかは議論されている。
当時の記録には現れず、平家物語の文学的創作である可能性もある。議論の余地がないのは彼女の文化的影響である。日本の歴史的想像における「女武者」の創始的存在となり、戦士として記憶されるすべての後代の武家階級の女性の源流となった。
第三章 — 年表
第四章 — 名言
“ならばこれを見よ、強き者の最後の働きを”
第五章 — 逸話
[A]最後の戦利品
『平家物語』の粟津の場面では、巴は瀕死の夫・義仲の命に従い、最後の戦に値する男を探して敵陣に突撃する。上級武将・恩田八郎を選び、馬から引きずり下ろし、一刀のもとに首を斬り落とした。武器を捨てて姿を消した。場面は編年史の中で最も有名なものの一つであり、その後の日本文学の女武者描写のほぼすべての雛形となっている。
第六章 — 影響と遺産
巴は「女武者」の創始的原型である。武家階級の女性戦士という、板額御前や史実上の立花誾千代といった人物に繰り返し現れる像の源流である。彼女が描かれた通りに存在したのか、平家物語の部分的創作か、まったく存在しなかったのか、日本中世史研究では今も論争が続く。確定しているのは、彼女が文化的想像の中で占める位置である。後代の女性武士の勇気のあらゆる表現が、彼女を物差しとして測られる。
第七章 — 主な功績
- [01]源平合戦への従軍(1180–1184)
- [02]粟津の最終決闘(1184)
- [03]『平家物語』巻九の主役
- [04]「女武者」伝統の源流